胃腸が弱くて頭痛もち

♫ 胃腸が弱くて 頭痛もち ♫

ご存知ドカベンの主題歌『がんばれドカベン』のメロディにのせて、自分の不健康を歌う。
朝、通勤の電車の中では常に急な腹痛に怯えている。胃腸の方は痛みよりも、ぴーぴーと悲鳴をあげた腹から何もこぼさないことに神経を使う。雨が降れば頭が重くぼーっとしてくる。じきに目も開けられないような痛みが襲う。神は二物を私に与えた。

この胃腸の弱さと頭痛というのは、本人にしてみたら、おおごとである。
しかし、まぁ当然のことながら、胃腸は健康、頭痛はなし、という人にしてみれば、到底理解されない。出して出し切って体が動かない時、頭が破裂せんばかりの痛みに耐えて、これも同じく動けないような時、苦痛を訴えて会社を休むために連絡をしても「それくらいで」という反応しか示されない。こちらは体調が悪くても、悪くなくてもネガティブな思考なので、「仮病を疑われている」と勝手に気を滅入らせることになる。

休みがもらえたらそれでいい。だが、できるならキレイに休みたい。相手に納得感を与えたい。難しい。胃腸の不調を訴える時に「腹痛」という言い方をする。具体的な病名ではなく、ただ単にどこが痛いのかを示す言葉だ。「腹が痛い」、「お腹が痛い」といっているに過ぎない。これではどうも説得力に欠ける。語彙の少ない子供が幼稚園や小学校を休む時の言い訳だ。これでは相手に納得感を与えることはできない。しかし、カブトムシの幼虫のごとく丸まっている時に具体的な症状を伝えるような余裕はない。

この問題を頭痛は克服してきた。頭痛も腹痛同様に、たんに「頭が痛い」といっているに過ぎない。これも説得力に欠ける。ではどうするかというと「偏頭痛」という言葉を使う。これも「偏」または「片」という字がついて、「頭の片方が痛い」といっているだけなのだが、普通の頭痛とは何か違うという感じを相手に与える。だいぶ偏頭痛がいかに辛いかの認知が広がってきているような気がする。完全というわけではないが、7割程度の納得感を持ってもらえていると思う。

胃腸のことは、すぐシモのことに連想されるので、昔からけったいなものだと思っていた。反して、頭痛は「俺、頭痛もちなんだよね」なんていうことがちょっとだけかっこいいとすら思っていた。それが、20代中盤くらいから、痛みの限界点を次々と突破する記録的な頭痛に見舞われることが多くなった。この辺りから、頭痛も付き合いにくいやつに思えてきた。
同じ悩みを抱えている人は多い。今更、画期的な治療法を私が発見することは難しい。であれば、せめて誰しも納得感を与える「腹痛」の表現の創造と、「偏頭痛」のさらなる認知普及に微力を尽くしたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。