愛用品と一生モノは違う

今日はこずかい稼ぎでやっている仮想通貨のFXに張り付いていた。
なので、日記を書く暇があまりない。
今日ふと気づいたことを書く。
わりと当たり前かもしれないけれど、私にとっては新鮮な気づきだった。

FXに夢中で、今も日記とトレードの画面を行ったり来たりしている。
気になってしょうがない。
FXのトレード中に、利益と損失、または気づいたことなどをノートにメモしている。
メモするノートは無印良品のノートで、いつも決まったもの。
筆記具も同じく無印用品のB2の鉛筆だ。

気づけば、FXのメモ以外にも、いろいろなことに使っている。サッとメモするときはこのノートを鉛筆が頼りになる。
特に何が気に入っているわけでもない。
強いてどこが気に入ったかを考えてみる。
一つ強いてあげるのであれば、使用後のノートに統一感を持たせたいためだろう。
私としては全て同じノートで揃えられていた方が満足できる。
だから、同じノートを買い続けているのかもしれない。

愛用品 = 一生モノというイメージがあった。
だから、今までこの愛用品の存在に意識を向けることがなかったんだろう。

雑誌などで「私の愛用品」などという特集が組まれている時、大抵は高そうなバック、洋服だ。
これらはメンテナンスをしながら生涯使い続けることができる。
この辺りから、愛用品は一生モノであるという先入観ができたのだろう。

愛用品というものは、自分が好きで日頃から使っているもであればいい。
別に「これを食べると仕事がはかどるんです」と言って牛もつを出してこられても、それは愛用品となるだろう。
「牛もつは、必ずこの小鉢に入れています」というのであれば、愛用品が 2 つに増える。

話が最後に脱線した。
とにかく、私が今日新鮮にきづいたのは、愛用品は別に値段は関係ない。自分が好きで毎日使ってるものであれば。

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